錬金術師
 これといった産業もないある小さな街に、ひとりの奇妙な男がふらりとやってきた。自らを錬金術師と称するこの男は、異国から伝えてきた奇妙な技を用いて、うつくしい磁器を次々と作りだした。そのすべらかなこと、透きとおるように白いことといったら、他に並ぶものはなかった。あまたの商人、貴族たちが、こぞってこれを買い求めた。男の磁器はまたたく間に金に変わった。まごうことなく、男は錬金術師であった。
 その噂をききつけて、この国の王が男を城に呼びよせた。件の錬金術師はくたびれた老人だとみな思いこんでいたのだが、玉座のもとに頭をたれるのは、年のころは王と同じほどの若い男だった。男は頭巾をとり、唇にほほえみを浮かべ、深い青の瞳で王をみつめた。王はその姿を見ると、少年のように押し黙った。
 そのまま王は男を帰すことなく、城に幽閉した。そして、このすばらしい技術が他の国に流れぬよう、城の地下でひそやかに磁器をつくらせた。
 やがて、いく人かの職人も育ち、磁器の生産が軌道にのると、男の暮らす地下の部屋に、たびたび王が姿をあらわすようになった。わずかの日も差さぬ地下の一室で、王は無言で男を求め、男もまた王に従った。
 けれど、絡みあう舌の熱がほどかれると、せんのほほえみをたたえ、男は決まっていうのだった。
「あなたは私を手に入れることはできません」

 王は男に両手にあふれるほどの金貨を与えた。
 しかし、男のことばは変わらなかった。

 王は男をさらに荒々しく抱いた。
 しかし、男のことばは変わらなかった。

 王は男に爵位を与え、貴族に次ぐ特権を与えた。
 しかし、男のことばは変わらなかった。

 しばらくして、男は病であっけなく死んでしまった。男はいなくなったが、磁器の製造は残された職人たちの手で、それまでと変わりなく行われるはずだった。そこへ、だしぬけに王が製造所を訪ねてきた。整然と並べられた数多くの磁器細工を見ると、王はそのうちのひとつを手にとり、無造作に投げすてた。磁器は高い音をたてて砕け散った。
 王は叫んだ。
「ひとつ残らず壊せ、ひとつ残らず!」
 地下には、穢れなき白さと繊細さで名高い磁器が無残に割られる音が、いつまでも響きつづけた。王は黙ってそれを聞いていた。やがて、磁器の破片をひとつ拾いあげると、それに口づけた。破片は王の唇の肉を深くえぐった。
 男の死と時期を同じくして、商人や貴族たちが男から買いとった磁器も、すべて砂のように跡形もなく崩れ去ってしまった。こうして、まぼろしのようにうつくしい磁器は、ついぞ誰の手にも渡ることはなかった。