沈黙
 少女がひとり、寝台に身をおこしていた。身につけた服も、腰から下を覆う掛け布団も粗末なものだったが、暖炉の火は、ぱちぱちと軽やかな音をたてながら絶えることなく赤々と燃え、小さな部屋のなかを暖かく照らしていた。石の壁には窓ひとつしかなく、そこからわずかに流れてくる白いものの混じった冷たい風が、外に広がる雪景色を伝えていた。
 しかし、少女はその情景を知らなかった。瞳は幼い赤子のように縁が青く、澄んだ緑をしていた。そして、何もうつしてはいなかった。栗色の髪は乱雑にたれ、白くほっそりとした指は力なく腿の上におかれていた。かつて露をうけた花びらのようにしっとりとぬれた唇は輝きを失い、ときおり、夢を見るように首をこくりこくりと動かすばかりであった。少女の時間は、かつて戦渦が村を嵐のように通りすぎたとき、それのもつ深い闇に親兄弟をのまれてきりとどまった。今では夢が彼女にとってのまこととなっていた。
 だしぬけに、木製のさびれた扉が鈍い音とともに開かれ、少女と同年代ほどの少年が部屋に駆け込んできた。息は荒く、頬は熟れたりんごのように紅潮していた。少年は部屋の隅にちょこんと忘れらていた足の短い椅子を手馴れた様子で寝台の脇におき腰掛けた。あまった足が前に投げ出された。
 少年は興奮しながら話しはじめた。今日村であった小さな事件、仕事をしながら聞いた昔話、ほんの少しの春の訪れの兆し。
 少女は全く反応を示さなかったが、少年はさも楽しそうに、身を乗り出して、あるいは身振り手ぶりを交えて事細かに物語った。ただ、ふとした瞬間ふたりのあいだに沈黙がうまれると、少女の顔のぞき、考え込むように目を伏せ、ちいさく首を振った。そしてまた、せんの笑みを取り戻した。
 少年のことばにあくびが混じり、目がとろんととろけた風になった。少年はいつのまにか我知らず眠りこけていた。かすかな寝息と、火の粉がはじける音、屋根が雪にきしむ音だけが部屋に響いた。
 少女はふいにゆっくりと顔上げた。 目にわずかな光がさし、痩せた頬を涙が音もなく伝った。やがて、白い指が、たこですっかり固くなった手のひらに静かに重なった。 そうして、少女もまた目をつむり、深い眠りへと落ちていった。
 部屋は沈黙に支配されていた。そこには、憎しみはなく、駆け引きはなく、好奇心はなく、哀れみはなく、思惑はなく、悲しみはなく、愛情はなく、ただ沈黙そのものがあった。