子どもの聖者
第五夜
 大きな黒い森のなかに、小さな家がちょこんと建っていました。家をぐるりとかこむ、うっそうとしげった森の木々のむれを、窓からもれる明るい光が、ささやかに照らしだしています。
 ニルスさまとともびとがやってきたのがわかると、にぎやかな足音とともに、木の戸が勢いよくひらかれました。そして、たくさんの子どもたちが、バッタがはねるようにニルスさまに飛びつきました。
「ニルスさま、こんばんは!」
 口々にあいさつする顔は、見分けがつかないくらいみんなそっくりです。しかし、ニルスさまはひとりも間違えずに、子どもたちの名まえをやさしくよびました。名まえをよばれた子どもは、短いうでをぴんと天高くかかげます。
「ハンスル」
「はい」
「アンナ」
「はい」
「マリア」
「はい」
「フランツル」
「はい」
「アヒム」
「はい」
「オットー」
「はい」
「グスタフ」
「はい」
「ロッテ」
「はい」
「ミヒャエル」
 うんともすんとも返事がありません。ニルスさまは家のなかをくるりと見回してからたずねました。ニルスさまの目のはしには、ぶどう酒のびんを片手にぐうぐうといびきをかいているお父さんの姿だけが、ちらとうつりました。
「ミヒャエルはどうしたんだね? あの動物が大好きな、小さくてやさしいミヒャエルは」
 すると、一番上の、のっぽのハンスルが、おずおずと泥だらけのズボンにぎりしめていいました。
「ミヒャエルは土のなかで眠っています」
 ニルスさまはもじゃもじゃしたおひげをなでて、
「そうか」
とだけこたえました。

 ニルスさまは、子どもたちにそれぞれすばらしいおくりものしたあと、外にふらっとでていってしまったので、子どもたちは残されたともびとのまわりをとりまいて、ふしぎそうにたずねました。
「なんで角が生えてるの?」
「なんでやぎみたいな足なの?」
「なんでしっぽをかくしてるの?」
 ともびとはあたまをかきました。
「おっといけねえ」
 とたんに、あたまの角も、やぎみたいな足も、おしりのしっぽも、はじめから何もなかったかのように、すっかり消えうせてしまいました。子どもたちは、驚きの声をあげて、ともびとにどんどん近よりました。
「どうしてぜんぶ消えちゃったの?」
「まほうがつかえるの?」
「どこからきたの?」
「どこにいくの?」
「なんてなまえなの?」
 そのとき、ニルスさまが扉からひょいと顔をのぞかせました。
「おおい、シモネッタ。もうそろそろ行くぞ」
 子どもたちはげらげらとわらいだしました。
「シモネッタだって。へんななまえ!」
 ともびとはニルスさまのもとへ駆けよりました。
「へい、旦那」
 ニルスさまはともびとのあたまを、杖でぽかりとなぐりました。
「そのよび方はやめなさい」
 子どもたちはもっとげらげらとわらいました。あんまり笑いすぎて、息がとまりそうなくらいでした。
 ただ、下からに二番目の小さいロッテだけは、ともびとのゆったりと長い上着をつんつんとひっぱりました。ともびとは頭をさすりながら、腰をまげてききました。
「なんだい? いっぺんにたくさん聞かれちゃかなわんが、ひとつなら答えられるぜ」
 ロッテは大きな目で、まっすぐにともびとを見上げていいました。
「あのね、ミヒャエルがいなくなったとき、父ちゃんがくいぶちがふえた、ってよろこんでたの。それどういみなの?」
 ともびとはこたえました。
「そりゃあなあ」
 そういいながら、すじっぽい手で黒いフードを目深にかぶり、もう片方の手でロッテの頭をぽんぽんとなでました。
「かなしいって意味さ」