雷雨のように降り注ぐ蝉の声、声、声。うるさい、と顔をしかめるものの、立ち上がって窓を閉める動作すらも億劫だった。身体がひどく重いし、だるいのだ。それにと自分に言い聞かせる。窓を閉めたら余計に暑い。ただでさえ、全身に汗と熱と夏のすえたにおいがねっとりとまとわりついていた。
外はまだ明るい。雨のにおいはしない。空はたぶん青いだろうし、雲は白いのだろう。だが、それを確かめる意志もなく、理由もなく、すなわち枕に埋めた頭は動かなかった。薄く明るい闇に、蝉のわめく声だけが単調に浮かび上がっている。
家族は夕方まで戻らない。起きたときにはひとりだった。寝たときにはふたりいたはずだ。が、室内に人の気配はない。トイレか風呂か、それとも帰ったのだろうか。帰ったのならそれでもいいが、このごろは物騒だ、戸の鍵はちゃんと閉めただろうか。いやそもそも、鍵を持っていないのだからかけられるはずがない。この様子を窃盗犯はじめ他人に見られたらと思うと、たまったものではなかった。確かめてこいとなけなしの理性が怒鳴りつけるが、階下まで行くのは面倒このうえない。
顔を横向きにし、薄く目を開ければ、乱雑な床が視界の端に映る。積んである参考書、脱ぎっぱなしの制服、丸めた白い紙。口を開きかけると、アイスクリームみたいに舐めあった感触の残る舌がへばりついている。とたんに、大声でわめきちらしてそこらじゅうを走りたい衝動に駆られた。
再び枕に鼻をめりこませ、声にならない叫びを殺した。ちらちらと瞼の裏を横切る、あの目、あの声、あの感触。
そのとき、ドアが開くと同時に、耳慣れた足音が室内に入りこんできた。ひたひたと静かに数歩あるいては止まり、がさがさと音がし、またあるいては止まるを繰り返す。見えはしないがはっきりと光景が目に浮かんだ。紙屑はまとめて捨てられ、服はきれいに畳まれている。
足音がベッドの横で止まった。顔をあげられない。起きていることを悟られてはならない。ここは狸寝入りだ。だが間の悪いことに、わざとらしい寝息をたてるや否や、やかましいほどの大合唱がぴたりと消えた。おかしい、窓は開きっぱなしのはずなのに。
くそ、どうしてここで止まるんだ。
ついにこの世の終わりなのか。終わってもいっこうに構わないが、あれぐらい大きな音がないと間が持たないじゃないか。
まったく、一体どこに文句を言えばいいのか。蝉か。神様仏様か。内心で舌打ちするも、蝉や神様仏様に伝わるはずもない。
「寝てるの?」
ベッドがきしみ、縁に誰かが腰かける気配がした。シーツに放った指と指のあいだにもう一本、絡めるように冷たい指が滑りこんでくる。心臓が跳ね上がるとはまさにこのこと。二つの掌のあいだに、乾きかけた体液と滲んでいる汗が混じりあう。
しばらくその感触を確かめるように、几帳面な、それでいて非難めいた指の動きを続けていたが、己の出した結論に納得したのか、足音の主は手を休めた。
耳にふれるかふれないか、静かに囁く声がする。
「うそつき」
お前ら鳴け、もっと鳴け。鼓膜を破って、血管を煮えたぎらせて、内蔵を中から喰い散らかすくらい鳴きわめけ。
しかし、どんなにすがれどもすがれども、蝉どもは沈黙するばかり。
固い指先が火照った首筋をなぞり、笑うように、憐れむように告げる。
夏はもう終わるのだ。