昔むかし、小さな村に貧しい女と幼い子供が住んでいた。暮し向きはたいそう厳しく、毎日の食事は、わずかに穀物の浮いた味のない粥と、固い黒パンひとかけらのみであったが、子供はその粗末な食事を、王侯貴族がテーブルいっぱいのご馳走に箸をつけるよりも、おいしそうに口にした。
「おたべ、おたべ。たんとおたべ」
「かあちゃん、かあちゃん。おまんまおいしいね、おいしいね」
夫と死に別れた女にとっては、その言葉を聞くのが何よりのよろこびだった。
ある夏、国中にひどい日照りが続き、疫病が流行り、戦争があった。女の家の食料は底をつき、子供は日に日に衰弱していった。目の前でやせ衰える子供の姿を見かねた女は、村長の家の戸を叩いた。しかし、村にも食料の蓄えは少しも残っていなかった。
村長は女に言った。
「もう、働き手にもならん子供に食わせるものは何もないのだ」
かわりに女に薬草を煮詰めた薬を手渡した。
「この薬は味もなし、臭いもなし、苦痛もなし。飲ませればすぐに慈悲深き神の御許へいける。苦しみばかりの世に、これ以上の慰めがあろうかね?」
女は最後の食事を作った。かつては隠し味に愛情をこめたが、この日は毒をたらした。涙が一滴、また一滴と鍋にこぼれ落ちた。女はふるえる手をおして、子供に粥を食べさせた。
「おたべ、おたべ。たんとおたべ」
「かあちゃん、かあちゃん。おまんましょっぱいね、しょっぱいね」
女は匙を与える手を止めて、肉の削げ落ちた頬に自らの頬を重ねた。
やがて子供は、母の腕のなかで息を引き取った。女は冷たく小さな亡骸を抱いて、いつまでも子守唄を歌い続けた。そして、ある朝、雪がとけるようにその姿を消していた。
以来、その国には子守唄のような優しげな鳴き声をもつ鳥がみられるようになった。子守唄の聞こえたあとには、雨の恵みが残った。その鳥はどこからともなく雨を連れてくる。
もう二度と、しょっぱい粥を食べる子供がないように。