あるきんと冷えた冬の朝、国中に大きな鐘の音がなりわたりました。王女さまは馬車のなかで、ちょこんとお行儀よく座って、それを聞いていました。
「王女さまの赤いほっぺののかわいらしいこと」
「王女さまの白いおべべのうつくしいこと」
「王女さまのあんよをすっぽりつつむ、小さなお靴の愛らしいこと」
大人たちは歓声をあげました。子どもたちが楽しそうな笑い声をたてました。
紙でできた色とりどりの花びらが、朝日にきらめきながら、道をひらひらとあざやかにいろどりました。
王女さまはその様子をとっくりとながめ、むちをふるう御者にふしぎそうにたずねました。
「どうして、みなあんなにうれしそうにしているの?」
御者はこたえました。
「そりゃあ、王女さまのご婚礼がおめでたいからですよ」
王女さまは首をかしげました。お母さまであるお后さまは、お別れのとき、王女さまをきつくだいて、誰にも見られないように、こっそりと泣いていたからです。
だしぬけに、馬車のがたがたゆれる音に負けないくらい、御者が声を大きく張りあげました。
「おお、こりゃすごい! 王女さま、お外をご覧になってください」
王女さまは馬車の小窓をおおう窓かけを、そっと横にずらしました。雲ひとつないお空には、ぽかぽかと春の太陽がかがやいていました。道のはたでは、春の花々が硬くとじたつぼみを背伸びでもするように、いきいきとひらきました。
人々はあまりのあたたかさに、厚い上着や外套を、つぎからつぎへと青い空へ放りなげだしました。
王女さまはあっけにとられて、口と目を大きく開き、その光景をぽかんと見つめていました。
うきうきと弾んだ声で、御者がいいました。
「ほら、王女さま。窓を開けてみなさいな。とってもいい気持ちですよ」
御者がぱちんと指をならすと、頑丈なガラスまどが、煙のようにふっと消えてしまいました。
王女さまのほおを、春の風がやさしくなでました。かすかな花の香りが、ふんわりと鼻をかすめました。鳥たちが、青い空にとろけるような声でうたうのが聞こえました。森の木が青々としげる枝をこすりあうさまが、葉っぱと同じ色の、大きな緑のひとみにうつりました。
馬のたてがみに、従者の頭のてっぺんに、侍女のドレスのすそに、ゆるく編んだ髪に、婚礼の白い衣装に、そして王女さまのやわらかな手のひらに、小さな種のぶらさがった綿毛が、しずかにしずかに舞いおりました。
やがてその種は遠い国で、うつくしい花を咲かせることでしょう。
それを見る王女さまのひとみには、あたたかい涙がゆっくりとあふれることでしょう。