陰膳
 日が落ちる頃になると、決まって、床の間にお膳が用意されるのであった。
 ほっそりとした白い女が膳を運ぶのを、少女は飽かず眺めていた。
 夕刻の西日に照らされたのち、夜、冷え切った膳を下げるのは、老いた女中である。
 この座敷には、それしかなかった。
 女と老女と膳がくるりと巡る。
 少女はそれを、ただ飽かず眺めていた。

 今日も女は膳を運ぶ。少女は長い影を見る。
 少女は女を知らなかった。だが、知っている気もした。
 なんとはなしに、顔を寄せた。
 肉の削げた女の頬を、一筋の光が伝った。
 体が少し、重たくなった。
 
あこがれ
 その姫君は、あまりに美しすぎたのだ。見る者の胸に迫る姿はむきだしの清廉さを凝縮したようであり、そこに収められた魂は月の光にすら傷ついてしまいそうなほどに儚なかった。だから、父王は娘を城の地下奥深くの部屋に囲い、それはたいせつに慈しみ育てた。ただ切に娘の幸福を願い、上等な着物をきせ、珍しい異国の調度で部屋を整え、芳しい食べ物を与えた。世を知る男であったから、地上にあってはいずれ遠からず、無垢なる肉と魂とが汚されるだろうことは、わかっていた。
 ひとりの女召使が、この美貌類まれなる姫君の世話を秘密裏に命じられていた。あるとき、銀細工の施された寝床に横たわるかたちのよい肢体が、ぴくりとも動かないのに女は気がついた。やがて香水でもかき消せぬほどのひどい悪臭が、小さな部屋から溢れんばかりになった。だが、毎夜王が娘を訪ね、愛でることは以前とすこしも変わらない。一介の召使が王に意見することなどできるはずもなく、女はこっそりと鼻にきつくつめものをして、腐りゆく体を飾り、抜け落ちる髪を頭に塗りこめ、香りのよい茶をただれた口に押し込んだ。
 姫君は美しく、それ以上に幸福であった。たぶん、自分が死んだことも知らなかったし、生きていたことも知らなかったろう。
 父王の名は遠く時代が下ってのち、稀代の名君として、古き時代への憧憬の響きとともに、かがやかしく世に知られることとなった。しかし、彼その人が焦がれたあこがれは、暗い地の底に沈み、もはや知る者はない。