子どもの聖者
第二夜
 ふたつめの家では、おばあさんとおかあさんが、糸を紡ぎながら女の子にむかし話をしていました。女の子はそれを聞きながら、とろんとねむたそうな目を、小さなひじで何回も何回もこすりながら、紡いだ糸を束ねていました。
 この静かな部屋に、煙草をぷかぷかふかす、おとうさんの大きな背中はありません。おとうさんはこの季節、遠い街に働きにでているのでした。
 ニルスさまがとんとんと扉をたたくと、女の子はいっぱいの笑顔でかけよりました。この子どもの聖者さまのお話は、ひとつ残らずいえてしまうくらい、もう何べんもお話してもらっていました。ニルスさまはしわしわの手で、軽いからだをやさしくだきあげました。
「きみはこの一年、よい子にしておったようじゃな。さて、なにが欲しいのかな?」
 女の子は恥ずかしそうに、もじもじと指をいじくりました。
「あの、あのね……」
「ニルスさま!」
 おばあさんとおかあさんが、女の子のかぼそい声をさえぎって、いいました。
「ちょっとお待ちくださいな。さあ、おいで」
 そういうと、おばあさんはニルスさまの腕から女の子をもぎとり、こっそりと左から耳うちしました。
「袋いっぱいの金貨がほしいっていうんだよ、いいね!」
 すると今度は、おかあさんが右から耳うちしました。
「袋いっぱいの宝石がほしいっていうんだよ、わかったね!」
 ニルスさまはしゃがんで、女の子の目をまっすぐ見て、暖炉にゆれる火よりもおだやかにたずねました。
「ほんとうにほしいものをいってごらん」
 きらきらとかがやく、そのふしぎなひとみに見つめられて、いったい誰がそ知らぬ顔でうそをつけるというのでしょう?
 女の子はまごついたように、口をもぐもぐ動かしました。
「うん、ええとね、おひげを……」
「こら!」
 おばあさんとおかあさんは、思わず声をあげましたが、ニルスさまがうすい唇にひとさし指をあてると、しぶしぶ口を閉じました。しかし、ふたりの目はなおものいいた気でした。ともびとはその様子を見て、くすくすと笑いました。
「それで、おひげをどうするのかな?」
「おひげをね、さわらせてほしいの」
 女の子はニルスさまのふさふさしたおひげに、いとおしそうにほおずりしました。
「とうちゃんのおひげみたい」
 おばあさんとおかあさんはそれを聞くと、互いにぱちくりさせた目をあわせ、それから何もいわずうつむいてしまいました。