#アンミナ #サイアン #補佐官と補佐官 #恋愛未満

アンジュ補佐官ED(恋愛なし)で補佐官がダブル配置になったら

「……状況はわかったわ」
 女王レイナは深い息を吐いて、ディスプレイに展開された資料に目を留めたまま、美しく弧を描く眉を曇らせた。
「女王の力を行使して隕石の軌道を変えると、別の星に被害が出る……」
 聖殿にある女王の執務室で顔をつきあわせる三つの影。青を基調とした室内には、ただならぬ緊張が満ちていた。
 隕石と惑星の衝突。それ自体は珍しいものではなかったが、今回は隕石が非常に巨大であることが問題だった。
 ミーティング用のテーブルを挟んで向かいにいたサイラスが頷いて、星図のデータを拡大した。
「この周辺は星が密集していますからね。時の流れを止めたとしても、今度は違う惑星に衝突する可能性が非常に高い。その場合、かなり広範囲にわたり星々の生態系に影響が出るでしょう。被害に関する試算はこちらに。いくつかのパターンごとに算出しております」
 失われる生命の数を、レイナはゆっくりと読み上げていった。
「どの道を選んでも、ベストな選択肢はないということね。むしろ、女王が介入することによって被害が大きくなるかもしれない。でも、だからといって」
 彼女は唇を嚙みしめた。
「何もできないというの……」
 低い囁きの底にあるのは、無力感、そして深い孤独だった。
 そのとき、それまで俯きがちに黙っていたもうひとりの補佐官が、おもむろに顔を上げた。
 アンジュは手にしたロッドを握りしめ、思いつめたような眼差しで女王を見つめた。
「陛下、私の意見を」
「レイナ様」
 アンジュの言葉を遮ったのはサイラスだった。いつもの彼らしくない態度に、アンジュの視線が驚いたように横にいる男に移った。
「ご判断を」
 静かではあったが冷淡ともいえる事務的な声音で、サイラスは女王に告げた。
 手袋の拳が強く握られ、開きかけた唇がまた閉じ、迷いに揺れる琥珀色の瞳が瞼の奥に消えていく。
 友であり主であるの仕草のひとつひとつを、その苦しみと悲しみを、アンジュは目に焼き付けるように胸に刻んだ。
 やがてレイナはゆっくりと目を開き、背筋をすっと伸ばして二人の補佐官に向き直った。もう、その瞳に迷いはなかった。
「……この件について、女王は力を行使しません。引き続き、王立研究院で動静を監視するように指示して下さい」
「御意のままに」
 頭を垂れる補佐官たちに、レイナは静かに微笑みかけた。
「ありがとう、アンジュ。サイラス」

 女王の執務室を退出したあと、二人の補佐官は無言で並んで歩いていたが、しばらくして突然、アンジュが立ち止まった。
「さっきの件」
「はい」
 アンジュはつま先立ちをして、まるでサイラスに挑みかかるように顔を近づけた。
「私たちでもっと内容を詰めてから陛下にお話した方がよかったと思います」
「なぜでしょう」
「それは」
 一瞬ためらうように、ひと呼吸置いてから続ける。
「陛下に負担をかけないために」
「なるほどなるほど。女王の力を行使したところで被害が減るわけではないと私たちが先に提案することによって、間接的に陛下のご心労が多少減る効果が期待できる、とそういうことですね」
 正面からはっきりと言われて、アンジュは固い表情で頷くしかできなかった。女王の仕事は厳しい判断を迫られる事が多い。レイナが必要以上に傷つくことはないと思うし、彼女を守るのが補佐官の務めだと思ってもいる。
「サイラスは、陛下の心のサポートも私たちの仕事だとは思わないんですか」
「それはもちろん。これまでも、これからも、力の限りサポート致しますよ。補佐官であり執事ですから。ですが」
「ですが?」
 アンジュがいつになく厳しく詰め寄っているのに、サイラスときたら、野鳥でも眺めるようなのんびりとした様子で目を細めている。
「判断を下すのが女王の務めです。そして私は、レイナ様はそれができる強さを持った方だと知っています」
 知っている、そして信じているのだと、サイラスの眼差しは言外に告げていた。
 そんなの、私だって知っている。信じている。
 レイナは誰よりも強い人だ。強くて優しくて、だからこそ傷つくこともある。
 アンジュはさらにもう一歩、サイラスの顔にほとんど触れる寸前まで近くに踏み出した。
「サイラス!」
「はい」
「今回は……あなたのやり方でよかったかもしれないけど、私、レイナのことについては譲りませんから」
「はい」
 言い合いと呼んでも差し支えない雰囲気にも関わらず、先ほどから全く崩れる様子がないサイラスの表情を見て、アンジュは軽く眉尻を上げた。
「……どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」
「嬉しそう? そうですか?」
 サイラスはちょっと考え込む風な仕草をしてから、いつもの胡散臭い笑みを浮かべた。
「そうかもしれません」
 こっちは意図せず宣戦布告のような形になってしまったのに、何だか毒気を抜かれてしまう。
 アンジュは、もう、と溜息をついた。
「サイラスはロレンツォに用があるんですよね? 先に王立研究院に行ってます」
 早足でその場を去ろうとしたアンジュの背中に、サイラスが声をかけた。
「アンジュ」
 振り返ると、日が差し込む明るい回廊の中央で、サイラスが呑気に手を振っていた。
「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 自分自身の心に余裕を与えたくて、アンジュもにっこりと笑って手を振り返した。
 それから、再び早足に戻る。無意識のうちに掌で胸を押さえていることに気づき、ぱっと手を離した。
 サイラスに名前を呼ばれるのに慣れていないことは、まだ誰にも秘密にしている。

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