#執事と主任 #恋愛要素なし執事と主任とバレンタイン続きを読む「毎回思ってたんですが、どうして毎年バレンタインのイベントをやるんですか?」 今現在暮らしている聖地と生まれ故郷であるバースとでは、時間の流れ方が違うし暦も若干違う。自分で口にしておきながら毎年という単語に違和感を覚えたが、他に適当な言い回しがなかったので仕方ない。 バレンタインパーティーなるチョコレートで溢れた催しの片付けもあらかた終わったところで、タイラーは鼻歌を歌いながらチョコの箱を袋に詰めていたサイラスにかねてからの疑問をぶつけてみた。「余ったチョコがもったいない、と? ご安心ください。後ほど希望者にお分けしますよ。チョコは日持ちしますからね」「いえ、質問の趣旨が違います。俺の聞き方も悪かったと思いますけど」 今年は日の曜日の午前中、聖殿の中庭で行われたせいか、女王試験時代のポットラックパーティーを思い出すねと言いながら、女王と補佐官は顔を見合わせて笑っていた。その様子を眺める守護聖たちの表情にも、主従という関係で結ばれる前、飛空都市で見せたような気の置けない和やかさがあった。 サイラスはわざとらしく目を見開いた。「オオ、もしかして企画がマンネリでしたか? 次回はもっと楽しめるよう工夫が必要ですね。でしたら……そうですね、カカオの栽培からはじめましょうか。まず土地の選定からとなると、かなり壮大な計画になりそうです」「マンネリとかそういうのでもなくて。誕生日祝いならわかるんですけど、そんなに大事ですか、バレンタインみたいな行事って。あと、この間は豆まきもやりましたし、他にもひな祭りやら子どもの日やら……」 サイラスの壮大な計画とやらを流し聞きながら、先ほど雑談の一環として何の気なしに質問してみたものの、少々面倒くさいことになってしまったとタイラーは軽い後悔に襲われた。 眦がすっと引き、普段から細い目がより細くなる。「なるほど、そういう系の疑問ですか。ならばお答えしましょう。楽しいからです」 堂々と言い切られて、数秒の沈黙のあと、タイラーは無表情でその台詞を繰り返した。「楽しいから」「はい。主語も要ります?」「大丈夫です、大体わかりました。ありがとうございます」 タイラーは真顔で頷き、チョコレートが詰まった紙袋を手にした。「これ、とりあえず聖殿の厨房に持って行けばいいですか?」「紙袋の行く先はそれで結構ですが、まったくわかっていないし納得もしてない顔をしてますね」 サイラスがさりげなくタイラーが持っていた紙袋を奪い去る。「詳細を聞きたい? ならばリクエストに応えてご説明しましょう!」 別にいいですとタイラーが言う前に、女王の執事はいつもの調子で蕩々と続けた。「我らが女王陛下は強く逞しく自由に生きておられるように見え……ますよね?」「まあ」 元同僚、現女王の姿を脳裏に思い浮かべる。酔っ払って契約書にサインしたと聞いたときはどうなることかと思ったが、彼女は見た目からは想像できないような芯の強さがあるし、そのてらいのない朗らかさに救われてもいる。補佐官や守護聖も、スタッフも、おそらく自分自身も。 サイラスは続けた。「しかし実際のところ、食べるもの着るもの行くところ……案外自由じゃありません。自由とはなんぞや? と考え始めたらキリがありませんが、例えばネット通販。ポチッとボタンを押すだけで品物が送られてくる素晴らしいシステムであることは間違いないものの、聖地、とりわけ女王陛下宛ての荷物となる厳しい検閲が行われている。あなたもご存じかと思いますが」「それは……安全対策の問題上、仕方のないことでは」「仕方ない、それはそう。その点については私も異論ありません。しかし、自分の好きなものを自由に食べ、自分のやりたいことを楽しむ。はしゃいだり、声を上げて楽しんだりする。親しい人に贈り物をする。定期的にそんな時間があってもいいのでは? ま、聖地には無礼講というほど無礼な方はそれほどいませんが」 慇懃無礼という言葉がよく似合う男は、黙ったままでいるタイラーにチョコレートの箱を差し出した。「そういえば、あなたパーティーでひとつも食べてませんでしたね、チョコ」「ずっと撮影係だったので。サイラスさんもですよね?」「残念ながら口をモグモグしながら司会進行はできませんからね。せっかくですし、おひとついかがですか」 わずかに躊躇ってから、タイラーは箱に整然と並んだアクセサリーのようなチョコレートから、一番シンプルなものを摘まみ上げた。「じゃあ、ひとつだけ」「タイラーくん、あまり菓子類を好んで食べているイメージありませんよね。疲労困憊しているときに、栄養補給として糖分を摂取していることがあるくらいで」「いつ見てたんですか? 甘い物って甘いじゃないですか」「少なくともビールよりは甘く感じるでしょうね。ご感想は?」 艶めいた光を放つ黒い粒を口に含む、ゆっくりと歯を立てる。 次の瞬間、大きく息を吐いてから、タイラーは素直な感想を口にした。「すっっっげえ甘いです」「そうですか。すっっっげえ甘いですか」 同僚の様子を興味深そうに眺めてから、サイラスは自分もチョコレートの小箱に指を伸ばした。「では私もためしにひとつ。えい」 甘っ! と、女王の執事兼補佐官は表情を全く変えないままぼそりと言った。サイラスらしいストレートな言い方につい吹き出しそうになって、タイラーは慌ててずれてもいない眼鏡を直した。「……甘いよな」 誰へともなく呟く。まあ、たまには甘い物を食うのもいいかもしれないと思いながら。畳む 2024/02/10
執事と主任とバレンタイン
「毎回思ってたんですが、どうして毎年バレンタインのイベントをやるんですか?」
今現在暮らしている聖地と生まれ故郷であるバースとでは、時間の流れ方が違うし暦も若干違う。自分で口にしておきながら毎年という単語に違和感を覚えたが、他に適当な言い回しがなかったので仕方ない。
バレンタインパーティーなるチョコレートで溢れた催しの片付けもあらかた終わったところで、タイラーは鼻歌を歌いながらチョコの箱を袋に詰めていたサイラスにかねてからの疑問をぶつけてみた。
「余ったチョコがもったいない、と? ご安心ください。後ほど希望者にお分けしますよ。チョコは日持ちしますからね」
「いえ、質問の趣旨が違います。俺の聞き方も悪かったと思いますけど」
今年は日の曜日の午前中、聖殿の中庭で行われたせいか、女王試験時代のポットラックパーティーを思い出すねと言いながら、女王と補佐官は顔を見合わせて笑っていた。その様子を眺める守護聖たちの表情にも、主従という関係で結ばれる前、飛空都市で見せたような気の置けない和やかさがあった。
サイラスはわざとらしく目を見開いた。
「オオ、もしかして企画がマンネリでしたか? 次回はもっと楽しめるよう工夫が必要ですね。でしたら……そうですね、カカオの栽培からはじめましょうか。まず土地の選定からとなると、かなり壮大な計画になりそうです」
「マンネリとかそういうのでもなくて。誕生日祝いならわかるんですけど、そんなに大事ですか、バレンタインみたいな行事って。あと、この間は豆まきもやりましたし、他にもひな祭りやら子どもの日やら……」
サイラスの壮大な計画とやらを流し聞きながら、先ほど雑談の一環として何の気なしに質問してみたものの、少々面倒くさいことになってしまったとタイラーは軽い後悔に襲われた。
眦がすっと引き、普段から細い目がより細くなる。
「なるほど、そういう系の疑問ですか。ならばお答えしましょう。楽しいからです」
堂々と言い切られて、数秒の沈黙のあと、タイラーは無表情でその台詞を繰り返した。
「楽しいから」
「はい。主語も要ります?」
「大丈夫です、大体わかりました。ありがとうございます」
タイラーは真顔で頷き、チョコレートが詰まった紙袋を手にした。
「これ、とりあえず聖殿の厨房に持って行けばいいですか?」
「紙袋の行く先はそれで結構ですが、まったくわかっていないし納得もしてない顔をしてますね」
サイラスがさりげなくタイラーが持っていた紙袋を奪い去る。
「詳細を聞きたい? ならばリクエストに応えてご説明しましょう!」
別にいいですとタイラーが言う前に、女王の執事はいつもの調子で蕩々と続けた。
「我らが女王陛下は強く逞しく自由に生きておられるように見え……ますよね?」
「まあ」
元同僚、現女王の姿を脳裏に思い浮かべる。酔っ払って契約書にサインしたと聞いたときはどうなることかと思ったが、彼女は見た目からは想像できないような芯の強さがあるし、そのてらいのない朗らかさに救われてもいる。補佐官や守護聖も、スタッフも、おそらく自分自身も。
サイラスは続けた。
「しかし実際のところ、食べるもの着るもの行くところ……案外自由じゃありません。自由とはなんぞや? と考え始めたらキリがありませんが、例えばネット通販。ポチッとボタンを押すだけで品物が送られてくる素晴らしいシステムであることは間違いないものの、聖地、とりわけ女王陛下宛ての荷物となる厳しい検閲が行われている。あなたもご存じかと思いますが」
「それは……安全対策の問題上、仕方のないことでは」
「仕方ない、それはそう。その点については私も異論ありません。しかし、自分の好きなものを自由に食べ、自分のやりたいことを楽しむ。はしゃいだり、声を上げて楽しんだりする。親しい人に贈り物をする。定期的にそんな時間があってもいいのでは? ま、聖地には無礼講というほど無礼な方はそれほどいませんが」
慇懃無礼という言葉がよく似合う男は、黙ったままでいるタイラーにチョコレートの箱を差し出した。
「そういえば、あなたパーティーでひとつも食べてませんでしたね、チョコ」
「ずっと撮影係だったので。サイラスさんもですよね?」
「残念ながら口をモグモグしながら司会進行はできませんからね。せっかくですし、おひとついかがですか」
わずかに躊躇ってから、タイラーは箱に整然と並んだアクセサリーのようなチョコレートから、一番シンプルなものを摘まみ上げた。
「じゃあ、ひとつだけ」
「タイラーくん、あまり菓子類を好んで食べているイメージありませんよね。疲労困憊しているときに、栄養補給として糖分を摂取していることがあるくらいで」
「いつ見てたんですか? 甘い物って甘いじゃないですか」
「少なくともビールよりは甘く感じるでしょうね。ご感想は?」
艶めいた光を放つ黒い粒を口に含む、ゆっくりと歯を立てる。
次の瞬間、大きく息を吐いてから、タイラーは素直な感想を口にした。
「すっっっげえ甘いです」
「そうですか。すっっっげえ甘いですか」
同僚の様子を興味深そうに眺めてから、サイラスは自分もチョコレートの小箱に指を伸ばした。
「では私もためしにひとつ。えい」
甘っ! と、女王の執事兼補佐官は表情を全く変えないままぼそりと言った。サイラスらしいストレートな言い方につい吹き出しそうになって、タイラーは慌ててずれてもいない眼鏡を直した。
「……甘いよな」
誰へともなく呟く。まあ、たまには甘い物を食うのもいいかもしれないと思いながら。
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