#アンミナ #サイアン #元女王と元執事 #恋愛未満退任後、お揃いのパジャマで眠る夜もあるかもしれない。続きを読む 同じ日の同じ時間、ネット通販で買った荷物が同時に届いたのだ。 まったく同じサイズの箱を抱えて、サイラスとアンジュは玄関先で互いの顔を見合わせた。「もしかして、同じお店……ですか?」「そうみたいですね」 こんなこともあるんですねと、アンジュはくすくすと笑った。「まさか、中身も同じだったりして――」 そのまさか。 いっせーのせで梱包を開けてみたら、中から現れたのは……同じパジャマだった。デザインは完全に同じ。アンジュの生まれ故郷でスタンダードだった、前開きでボタンと襟がついたシンプルな型。ただし、ちょっとだけ違うところがある。「たまたまサイトを見たとき、タイムセールをやってたんです」「ええ、ポイントアップの時期とも重なってまして、これ以上ないほどの買い時でしたね」「そうなんですよ!」 力強く頷いて、アンジュは袋に包まれたパジャマを箱から取り上げた。セールだったから品質に不安があったが、着心地が良さそうなさらりとした布地で、縫製もしっかりしているようだ。 色は目の前にいる人の髪とよく似た、涼しげなミントグリーン。「サイラスっぽい色だなと思って」「奇遇ですね。私も同じようなことを考えてました」 と言う彼の手にあるパジャマには「ピーチ」のタグがついている。瑞々しく明るいピンクは、アンジュがよく身につけている色だった。「はい」「どうぞ」 息をぴったり合わせたように同時に言って、同時に手を差し出した。 二人は黙って、ミントグリーンとピンクと元女王と元執事兼補佐官に視線を行ったり来たりさせた。「……私に?」「……なるほど」 不思議なこともあるものだとアンジュは思った。 サイラスとの付き合いは長い。アンジュが令梟宇宙の女王としての長い勤めを果たし、退位したあとも、執事……なのかそうでないのか言い切れないが、ともかく以前のように側にいてくれている。 一緒に住んでいるが恋人というわけではない。 確かなのは、同じ屋根の下で、同じものを食べ、同じ空を、同じ星を眺めて、数え切れないほど多くの同じ思い出を持ち、今このとき、同じ時間を過ごしているということ。それだけだ。サイラスという人間を知り尽くしているかというと――やっぱり、知らない部分の方が多いと思う。「今夜一緒に寝ませんか?」 アンジュが放った何気ない一言は、パジャマのポケットに手を突っ込んで具合を確かめていたサイラスの動きを一瞬だけ止めた。「あなたと私が、ですか」「はい。せっかくお揃いのパジャマだし。昔のこととか、これからのこととか、サイラスのおすすめの通販サイトとか、おいしそうな干物やお茶の話とか、ベッドでごろごろしながらおしゃべりしたいと思って」「ソファでは不都合が?」「不都合はないですけど、ベッドの方がリラックスはできますよね。レイナともよくやっていました。眠くなったらそのまま寝れますし」「ま、合理的といえば合理的ですね」 我ながら突飛な提案だったと思うが、サイラスは仕方のない人ですねとでもいうような表情で頷いた。「構いませんよ」 ベッドに入って部屋の照明を落としてランプをつけると、隣にアンジュよりも大きくて重い身体が隣に潜り込んできた。「サイズぴったりでしたね、パジャマ」「アンジュ様も」「お互い自分のパジャマを買ってないの、面白いですよね。サイトで見つけて、あっこれサイラスに似合いそうって思った瞬間に、完全に自分のことは頭から抜けちゃってたんです」 そう説明するアンジュを、サイラスは何だか楽しげに眺めている。彼は上体を捻って、タブレットの電源をオフにし、サイドテーブルに置いた。「ところで先日、街で開催されていた鳥の鳴き真似コンテストで準優勝をいただきまして」「えっ、初耳ですけど?」「はい、今はじめて言いました」「サイラスが準優勝って、よっぽどすごい鳥の鳴き真似の達人がいたの?」「はい。どのような分野であれ、上には上がいるものです。優勝された方の情感溢れる夜明けのコケコッコー、あなたにもお聞かせしたかったですね。渾身の三十連クルッポーも太刀打ちできませんでした」「三十連……」「ここでご披露しましょうか?」「結構です」 ベッドサイドを穏やかに包む明かりのなかで、他愛ない言葉を投げ合う。たまに笑い、呆れて、また笑う。話題がとんでもない方向に投げられても、ちゃんと拾うし、拾ってもくれる。途方もないほど長い年月を共に過ごしているのに、話が尽きないのが不思議だ。 いつもと距離が違うせいか、相手の呼吸をずっと近くに感じる。トン、トトトン、と弾けるように続くサイラスの言葉が胸に心地よく響く。 うつぶせになって肘をつき、ぼんやりと顔を見ていたら、サイラスが尋ねてきた。「面白いですか、顔?」「ずっと見てても飽きないです」「それはそれは。奇特なご趣味ですね」「そう? サイラスって、結構表情豊かだと思いますよ」 アンジュはふかふかした枕に顔をうずめた。サイラスが適当に調合したという、ハーブのいいにおいがする。 洗いたての新しいパジャマは柔らかくて素晴らしく気持ちがよく、夢の世界への扉を優しく開けてくれた。 いよいよ瞼が重くて我慢できなくなったとき、タイミングよくランプの灯が消えた。ありがとう、というお礼の一言は夜と夢のあわいに消えてしまった。 彼は背を向けて横になったようだったが、しばらくしてこちらに向き直った。 瞼を開けたら目が合ったかもしれない。でも、アンジュはそうしなかった。 しばらくして、落ちかけたブランケットがアンジュの肩に丁寧にかけられた。それから、夜闇のなかであくびをかみ殺す気配がした。 ……サイラスもあくびするんだ。 出会いから実に数千億年以上経っても新たな発見があることが嬉しくて、淡い桃色の唇に、星が瞬くような笑みが浮かんだ。 私たちは、一緒に住んでいるが恋人というわけではない。 確かなのは、同じ屋根の下で、同じものを食べ、同じ空を、同じ星を眺めて、数え切れないほど多くの同じ思い出を持ち、同じパジャマを着て、子どものような寝息を立てて眠る同じ夜があること。かつて同じ夢を見ていたこと。今このとき、同じ時間を過ごしているということ。手と手が時々触れて、それがとても温かいこと。幸福であること。畳む 2024/07/15
退任後、お揃いのパジャマで眠る夜もあるかもしれない。
同じ日の同じ時間、ネット通販で買った荷物が同時に届いたのだ。
まったく同じサイズの箱を抱えて、サイラスとアンジュは玄関先で互いの顔を見合わせた。
「もしかして、同じお店……ですか?」
「そうみたいですね」
こんなこともあるんですねと、アンジュはくすくすと笑った。
「まさか、中身も同じだったりして――」
そのまさか。
いっせーのせで梱包を開けてみたら、中から現れたのは……同じパジャマだった。デザインは完全に同じ。アンジュの生まれ故郷でスタンダードだった、前開きでボタンと襟がついたシンプルな型。ただし、ちょっとだけ違うところがある。
「たまたまサイトを見たとき、タイムセールをやってたんです」
「ええ、ポイントアップの時期とも重なってまして、これ以上ないほどの買い時でしたね」
「そうなんですよ!」
力強く頷いて、アンジュは袋に包まれたパジャマを箱から取り上げた。セールだったから品質に不安があったが、着心地が良さそうなさらりとした布地で、縫製もしっかりしているようだ。
色は目の前にいる人の髪とよく似た、涼しげなミントグリーン。
「サイラスっぽい色だなと思って」
「奇遇ですね。私も同じようなことを考えてました」
と言う彼の手にあるパジャマには「ピーチ」のタグがついている。瑞々しく明るいピンクは、アンジュがよく身につけている色だった。
「はい」
「どうぞ」
息をぴったり合わせたように同時に言って、同時に手を差し出した。
二人は黙って、ミントグリーンとピンクと元女王と元執事兼補佐官に視線を行ったり来たりさせた。
「……私に?」
「……なるほど」
不思議なこともあるものだとアンジュは思った。
サイラスとの付き合いは長い。アンジュが令梟宇宙の女王としての長い勤めを果たし、退位したあとも、執事……なのかそうでないのか言い切れないが、ともかく以前のように側にいてくれている。
一緒に住んでいるが恋人というわけではない。
確かなのは、同じ屋根の下で、同じものを食べ、同じ空を、同じ星を眺めて、数え切れないほど多くの同じ思い出を持ち、今このとき、同じ時間を過ごしているということ。それだけだ。サイラスという人間を知り尽くしているかというと――やっぱり、知らない部分の方が多いと思う。
「今夜一緒に寝ませんか?」
アンジュが放った何気ない一言は、パジャマのポケットに手を突っ込んで具合を確かめていたサイラスの動きを一瞬だけ止めた。
「あなたと私が、ですか」
「はい。せっかくお揃いのパジャマだし。昔のこととか、これからのこととか、サイラスのおすすめの通販サイトとか、おいしそうな干物やお茶の話とか、ベッドでごろごろしながらおしゃべりしたいと思って」
「ソファでは不都合が?」
「不都合はないですけど、ベッドの方がリラックスはできますよね。レイナともよくやっていました。眠くなったらそのまま寝れますし」
「ま、合理的といえば合理的ですね」
我ながら突飛な提案だったと思うが、サイラスは仕方のない人ですねとでもいうような表情で頷いた。
「構いませんよ」
ベッドに入って部屋の照明を落としてランプをつけると、隣にアンジュよりも大きくて重い身体が隣に潜り込んできた。
「サイズぴったりでしたね、パジャマ」
「アンジュ様も」
「お互い自分のパジャマを買ってないの、面白いですよね。サイトで見つけて、あっこれサイラスに似合いそうって思った瞬間に、完全に自分のことは頭から抜けちゃってたんです」
そう説明するアンジュを、サイラスは何だか楽しげに眺めている。彼は上体を捻って、タブレットの電源をオフにし、サイドテーブルに置いた。
「ところで先日、街で開催されていた鳥の鳴き真似コンテストで準優勝をいただきまして」
「えっ、初耳ですけど?」
「はい、今はじめて言いました」
「サイラスが準優勝って、よっぽどすごい鳥の鳴き真似の達人がいたの?」
「はい。どのような分野であれ、上には上がいるものです。優勝された方の情感溢れる夜明けのコケコッコー、あなたにもお聞かせしたかったですね。渾身の三十連クルッポーも太刀打ちできませんでした」
「三十連……」
「ここでご披露しましょうか?」
「結構です」
ベッドサイドを穏やかに包む明かりのなかで、他愛ない言葉を投げ合う。たまに笑い、呆れて、また笑う。話題がとんでもない方向に投げられても、ちゃんと拾うし、拾ってもくれる。途方もないほど長い年月を共に過ごしているのに、話が尽きないのが不思議だ。
いつもと距離が違うせいか、相手の呼吸をずっと近くに感じる。トン、トトトン、と弾けるように続くサイラスの言葉が胸に心地よく響く。
うつぶせになって肘をつき、ぼんやりと顔を見ていたら、サイラスが尋ねてきた。
「面白いですか、顔?」
「ずっと見てても飽きないです」
「それはそれは。奇特なご趣味ですね」
「そう? サイラスって、結構表情豊かだと思いますよ」
アンジュはふかふかした枕に顔をうずめた。サイラスが適当に調合したという、ハーブのいいにおいがする。
洗いたての新しいパジャマは柔らかくて素晴らしく気持ちがよく、夢の世界への扉を優しく開けてくれた。
いよいよ瞼が重くて我慢できなくなったとき、タイミングよくランプの灯が消えた。ありがとう、というお礼の一言は夜と夢のあわいに消えてしまった。
彼は背を向けて横になったようだったが、しばらくしてこちらに向き直った。
瞼を開けたら目が合ったかもしれない。でも、アンジュはそうしなかった。
しばらくして、落ちかけたブランケットがアンジュの肩に丁寧にかけられた。それから、夜闇のなかであくびをかみ殺す気配がした。
……サイラスもあくびするんだ。
出会いから実に数千億年以上経っても新たな発見があることが嬉しくて、淡い桃色の唇に、星が瞬くような笑みが浮かんだ。
私たちは、一緒に住んでいるが恋人というわけではない。
確かなのは、同じ屋根の下で、同じものを食べ、同じ空を、同じ星を眺めて、数え切れないほど多くの同じ思い出を持ち、同じパジャマを着て、子どものような寝息を立てて眠る同じ夜があること。かつて同じ夢を見ていたこと。今このとき、同じ時間を過ごしているということ。手と手が時々触れて、それがとても温かいこと。幸福であること。
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