#アンミナ #アンサイ #サイアン #女王と執事 #恋愛未満

……しないと出られない部屋?

 ただいまーと元気よく扉から現れた女王を、九人の守護聖と補佐官レイナ、王立研究院の職員達は緊張した面持ちで出迎えた。
 令梟の聖地の中央部にある庭園は、降り注ぐうららかな日差しとは対照的に、異様に張り詰めた雰囲気に満たされている。
 重苦しい空気をばっさりと切り捨てるように、女王アンジュは自分を取り巻く全員に向けてにっこりと微笑みかけた。
「ごめんね、皆に心配かけちゃって。少し手こずったけど、何とか自力で脱出できました。ですよね、サイラス?」
 女王の背後からするりと音もなく現れたサイラスが、いささか大仰な動作で胸に手をあてた。
「えいっ。やぁっ。とぉっ。……という風に、結構な力業ではありましたが、ご覧の通り、陛下のお力によって奇跡的に生還することができました」
「ちょっと待って。私そんなちぎっては投げ、投げてはちぎってみたいなことしてませんし、できませんよ」
「陛下のご勇姿、皆様にもぜひご覧いただきたかったものです。私も内心でスタンディングオーベンションをしておりました。ワーパチパチパチ」
「もう、勝手に話を盛らないでください」
 女王のじっとりとした視線を、執事はにこやかな笑顔で軽く受け流した。
 いつものペースで会話する二人を中心にして、強ばっていた場の空気が一気に柔らかくほどけていく。
 安堵の涙に濡れた眦を指で拭い、レイナが前に出た。
「陛下、本当にご無事でよかった。サイラス、陛下のサポートをありがとう。二人とも、その、身体に異常を感じたりはしていない?」
「異常?」
 アンジュとサイラスは、それぞれ横にいる相手と顔を見合わせた。
「あります?」
「いえ、特には」
「それなら、いいんだけれど……」
 そう告げるレイナの笑顔は、どこか気がかりな様子を含んでいる。
 つい数秒前までドアがあった場所を振り返って、アンジュが言った。
「私たちがいた部屋は封じたけど、これから先も同じような空間が聖地に発生する可能性は高いと思う。ユエ、タイラー。守護聖と王立研究院で連携をとって対策を立てましょう。今回はたまたま被害がなかっただけで、危険な場所であることに変わりはありませんから」
「はっ」
 女王の命を受けて、ユエとタイラーが頭を下げた。
 それと、とアンジュは続けた。
「ロレンツォ。あの部屋について聞きたいことが山ほどあるって顔してますが、さすがにちょっと休みたいので今度でいいですか」
「御意のままに」
 地の守護聖はなぜか嬉しそうに微笑み、優雅に腰を折った。
 令梟の女王は、自身に呟きかけるようにゆっくりと口にした。
「――やっぱりよくないよね。どんな理由があっても、本人たちの意思を無視して、やりたくないことをやらせようとするなんて」
 サイラスは女王のすぐ隣にいる。女王の言葉は確実に耳に入っているはずだが、彼は特別な反応を見せなかった。
 アンジュとサイラスが閉じ込められた部屋は、簡単に言えば、変種のバックドアのようなものだった。二人の説明によると、庭園に立ち寄った際、噴水が突然光を放ったので何事かと覗き込んだ瞬間に引きずり込まれてしまったそうだ。各地でその存在が確認されていたが、令梟宇宙の聖地に出現したのは今回がはじめてだった。
 この部屋が特異なのは、足を踏み入れると同時に閉じ込められて外部との接触も完全に遮断され、出るためには提示された「条件」を満たさなければならないという点だ。それは、いわば呪詛に近い。世界を構成するルールから外れた存在であり、王立研究院の技術力を総動員したとしても、「条件」の成立なしに開けるのは不可能だった。
 問題は、その「条件」だ。
 令梟の宇宙内で起きた類似の事案で条件となったのは――肌を合わせる、繋がる、交接。それから生殖。言葉は違えど、つまりはすべてそういった行為だった。
 その「条件」の内容について、この場にいる人間は皆知っていたが、誰ひとり口にはしなかったし、する必要もなかった。
 女王は、宇宙を統べる者の力を行使して自力で出てきたのだから。異空間から帰還したのは、間違いなく扉をくぐる前と同じ女王であり執事であり、聖地を脅かした危機は去ったのだから。
 そのとき、サイラスがパンパンと手を鳴らして声を張り上げた。
「ハイッ、皆様! 陛下も無事戻られてめでたしめでたしと相成りましたので、そろそろ解散といたしましょう。この度は温かいご声援ありがとうございました」
 声援は送ってねえよという首座の守護聖の突っ込みにどっと笑いが起こり、それをきっかけに集まった人々はそれぞれ散っていった。
「タイラー」
 人影がまばらになりはじめたとき、王立研究院の主任研究員にそっと耳打ちする者がいた。女王だった。
「ひとつお願いがあって」
「お願い? 改まって何でしょう?」
 アンジュはタイラーをじっと見つめ、それからどこか遠くに視線を移した。女王の執事はすでにいずこかに姿を消していた。
「どうにか言いくるめて、王立研究院でサイラスのメディカルチェックをしてほしいの。自分でやるかもしれないけど……やらないかもしれないし」
「それは構いませんが。サイラスさんだけですか。どちらかといえば、力を行使された陛下の方が」
「私は元気だよ。……ただ、あのね。ちょっと、その、無理させちゃったかもしれなくて」
 アンジュは、心から申し訳なさそうな表情をして目を伏せた。
 タイラーの思考が一瞬停止した。
 不思議な部屋。脱出の条件。開いた扉。条件の達成。女王の力……無理させた?
 ――その解は。
「えっ」
「ごめん、よろしくね。私が言っても絶対に聞かないと思うから!」
 そう言い残すと、女王は軽やかにドレスを翻して去って行った。
「…………えっ?」



 令梟宇宙の主任研究員は職務に忠実で、誠実な人間でもあったので、自らの頭に浮かんだ可能性に一瞬で蓋をした。女王と執事が揃っているのを見てふと思い出すことがあっても、やっぱりすぐに蓋を閉め直した。そういう男だった。

 のちに王立研究院によって件の空間の構造があらかた解明されたが、しかしすべてが明らかになったわけではない。
 謎の部屋に残された謎の答えを知るのはこの宇宙で二人だけであり――そのとき何があったのか、彼らの口も、眼差しですらも、ついに語ることはなかった。

畳む