#アンミナ #サイアン #女王と執事 #恋愛未満すぐ近くにある未知続きを読む 花びら、と気づいた瞬間から目が離れなくなった。「サイラス、ここ」 目の前でお茶を注いでいる人物の顔に視線を留めながら、令梟宇宙の女王は自分の頬を指さした。「花びらがついてます」「ほう、花びら」 サイラスは驚きもせず、のんびりと事実を繰り返した。その間も、手はティーポッドから離れないでまめやかに働き続けている。持ち主の発言は適当なのに、身体はいつも真面目に働いているんだよねと思う。「先ほど、宮殿の裏庭で草を摘み取るときについたのでしょう」「草って……」 アンジュは、ティーカップの中で揺れる薄く色のついたお茶を見つめた。紅茶でもなく、煎茶でもなく、その香りはまさに草っぽい草。 女王が巡らせた想像を、執事は正しく読み取った。「お察しの通り、こちらのお茶に使用しました」「前にも入れてくれましたよね。その辺に生えている草のお茶ですか?」「その辺に生えている草といえばそうなのですが、サクリアを浴びてすくすく育った聖地の草花ですからね。薬草のような効能を持つものも少なくありません」「つまりハーブってこと?」「つまりそんなところです。味はまあ……それなりですが」 サイラスは、いつものとぼけたような笑顔を作った。 多方面に影響を及ぼす複雑な案件が片付いて、ようやく一息つくことができた時間だった。野性味すら感じる自然の香りに包まれていると、頭がすっきりと整えられて、心身がリラックスしていくようだ。 気遣いのタイミングの巧みさに感心しつつ、アンジュは言った。「それで花びらなんですけど」「オオ、すっかり存在を忘れていました」 サイラスは指で花びらを摘まもうとしたが、意外としっかり張りついているようでうまくとれない。 とれないと確信した瞬間、彼は即座に諦めた。「こちらには鏡もありませんし、窓は曇りガラス……となるとにっちもさっちもいきません。後ほど部屋で再チャレンジしましょう」「もし肌に触ってもいいなら私がとりますよ」 言って、女王はするりと手袋を外した。「あ、手はさっき洗ったばかりです」「はあ。その点は問題ありませんが」「ついでと言ってはなんですが、サイラスの頬を摘まんでみてもいいですか」 アンジュは真剣な眼差しでサイラスににじり寄った。 その行動に深い理由はなかった。女王は、ここ二日ほどまともに睡眠を取れていなかったのだ。 執事の了承を得て、アンジュは指先でそっと白い花びらをすくい上げ、淡いピンクのハンカチにくるみこんだ。 それから、人差し指の腹と親指に軽く力をいれて相手の頬を摘まんでみる。最初はおずおずと、拒まれていないのがわかったあとは少し自信をもって。 感触が自分とは違う……すべすべしてるけど、ちょっと固い? なんて思いながら数回揉んでみると、こちらをまっすぐ見てくる視線と目が合った。 いつも一緒にいる人と、いつもと同じ表情をして、いつもの部屋にいて、していることだけが日常と違う。不思議な感じだった。 あと、柔らかくて温かいものを揉むと人はどうして心が落ち着くのだろう? そんな取り留めのないことを考えながら、アンジュはしみじみと言った。「サイラスって、やっぱり人間なんですね。ちゃんと生きてる感じがします」「やっぱり、という単語に滲む微妙なニュアンスが気になるのですが」「アンドロイド説は定期的にスタッフの間で流れてるみたいですよ。私も否定できなくて」「私もはっきりとはできませんね」「えっ、そこは否定してくださいよ」 サイラスが揉まれているのと逆側の唇を上げて、意味ありげにフッと笑った。彼がアンドロイドであるという可能性はまだ完全には消せないようだ。 そんなやりとりをしているうちに、ほどよく冷めた草のお茶は、ちょうど飲み頃になっていた。 その日の業務を終了して片付けをしているとき、ふらりとやってきたサイラスに妙なことを言われた。「タイラーくん。ゴミも花びらもついてませんが、あなたの頬に触ってもいいですか」「どうぞ」 何だかよくわからないまま反射的にイエスと答えてしまったので、タイラーは何だかよくわからないままサイラスに頬を揉まれることになってしまった。 オフィスエリアに残っているのが自分たちだけでよかったと心から思う。 強い力ではないから痛みはないのだが、こそばゆい。そして非常に気まずい。 正面にいるサイラスが、モミモミと指を動かしながら真顔で尋ねてきた。「どんな気分ですか」「頬を揉まれてるな、と思っています」「なるほど。揉まれてる感じ、と。そのほかに気になる点は?」「俺が痛くないように気を遣ってくれてるのは伝わってきます」「ほう」 興味深そうに呟くも、解放される気配は全くない。 タイラーは虚無の眼差しで考えた。 サイラスの目線は、完全に観察対象に向けるそれである。何を観察されているのか、そしていつになったら終わるのか。安請け合いした俺が悪いのだが。 サイラスの不可解な観察、検証あるいは実験は、結局、空腹に耐えかねたタイラーの腹が鳴るまで続いたのだった。畳む 2024/10/26
すぐ近くにある未知
花びら、と気づいた瞬間から目が離れなくなった。
「サイラス、ここ」
目の前でお茶を注いでいる人物の顔に視線を留めながら、令梟宇宙の女王は自分の頬を指さした。
「花びらがついてます」
「ほう、花びら」
サイラスは驚きもせず、のんびりと事実を繰り返した。その間も、手はティーポッドから離れないでまめやかに働き続けている。持ち主の発言は適当なのに、身体はいつも真面目に働いているんだよねと思う。
「先ほど、宮殿の裏庭で草を摘み取るときについたのでしょう」
「草って……」
アンジュは、ティーカップの中で揺れる薄く色のついたお茶を見つめた。紅茶でもなく、煎茶でもなく、その香りはまさに草っぽい草。
女王が巡らせた想像を、執事は正しく読み取った。
「お察しの通り、こちらのお茶に使用しました」
「前にも入れてくれましたよね。その辺に生えている草のお茶ですか?」
「その辺に生えている草といえばそうなのですが、サクリアを浴びてすくすく育った聖地の草花ですからね。薬草のような効能を持つものも少なくありません」
「つまりハーブってこと?」
「つまりそんなところです。味はまあ……それなりですが」
サイラスは、いつものとぼけたような笑顔を作った。
多方面に影響を及ぼす複雑な案件が片付いて、ようやく一息つくことができた時間だった。野性味すら感じる自然の香りに包まれていると、頭がすっきりと整えられて、心身がリラックスしていくようだ。
気遣いのタイミングの巧みさに感心しつつ、アンジュは言った。
「それで花びらなんですけど」
「オオ、すっかり存在を忘れていました」
サイラスは指で花びらを摘まもうとしたが、意外としっかり張りついているようでうまくとれない。
とれないと確信した瞬間、彼は即座に諦めた。
「こちらには鏡もありませんし、窓は曇りガラス……となるとにっちもさっちもいきません。後ほど部屋で再チャレンジしましょう」
「もし肌に触ってもいいなら私がとりますよ」
言って、女王はするりと手袋を外した。
「あ、手はさっき洗ったばかりです」
「はあ。その点は問題ありませんが」
「ついでと言ってはなんですが、サイラスの頬を摘まんでみてもいいですか」
アンジュは真剣な眼差しでサイラスににじり寄った。
その行動に深い理由はなかった。女王は、ここ二日ほどまともに睡眠を取れていなかったのだ。
執事の了承を得て、アンジュは指先でそっと白い花びらをすくい上げ、淡いピンクのハンカチにくるみこんだ。
それから、人差し指の腹と親指に軽く力をいれて相手の頬を摘まんでみる。最初はおずおずと、拒まれていないのがわかったあとは少し自信をもって。
感触が自分とは違う……すべすべしてるけど、ちょっと固い? なんて思いながら数回揉んでみると、こちらをまっすぐ見てくる視線と目が合った。
いつも一緒にいる人と、いつもと同じ表情をして、いつもの部屋にいて、していることだけが日常と違う。不思議な感じだった。
あと、柔らかくて温かいものを揉むと人はどうして心が落ち着くのだろう?
そんな取り留めのないことを考えながら、アンジュはしみじみと言った。
「サイラスって、やっぱり人間なんですね。ちゃんと生きてる感じがします」
「やっぱり、という単語に滲む微妙なニュアンスが気になるのですが」
「アンドロイド説は定期的にスタッフの間で流れてるみたいですよ。私も否定できなくて」
「私もはっきりとはできませんね」
「えっ、そこは否定してくださいよ」
サイラスが揉まれているのと逆側の唇を上げて、意味ありげにフッと笑った。彼がアンドロイドであるという可能性はまだ完全には消せないようだ。
そんなやりとりをしているうちに、ほどよく冷めた草のお茶は、ちょうど飲み頃になっていた。
その日の業務を終了して片付けをしているとき、ふらりとやってきたサイラスに妙なことを言われた。
「タイラーくん。ゴミも花びらもついてませんが、あなたの頬に触ってもいいですか」
「どうぞ」
何だかよくわからないまま反射的にイエスと答えてしまったので、タイラーは何だかよくわからないままサイラスに頬を揉まれることになってしまった。
オフィスエリアに残っているのが自分たちだけでよかったと心から思う。
強い力ではないから痛みはないのだが、こそばゆい。そして非常に気まずい。
正面にいるサイラスが、モミモミと指を動かしながら真顔で尋ねてきた。
「どんな気分ですか」
「頬を揉まれてるな、と思っています」
「なるほど。揉まれてる感じ、と。そのほかに気になる点は?」
「俺が痛くないように気を遣ってくれてるのは伝わってきます」
「ほう」
興味深そうに呟くも、解放される気配は全くない。
タイラーは虚無の眼差しで考えた。
サイラスの目線は、完全に観察対象に向けるそれである。何を観察されているのか、そしていつになったら終わるのか。安請け合いした俺が悪いのだが。
サイラスの不可解な観察、検証あるいは実験は、結局、空腹に耐えかねたタイラーの腹が鳴るまで続いたのだった。
畳む