#アンミナ #サイアン #女王と執事 #恋愛未満女王と執事とホワイトデー続きを読む おはようございます、と令梟宇宙の女王陛下が毎朝執事を迎えるはずの場所は空だった。 朝食の支度とその日予定されているスケジュールの確認、そのあとはじまる他愛もない話。 オムレツの出来がどうだとか、新しくブレンドしたハーブティーの香りが強烈であるとか。 そんないつもと同じ朝のルーティンがはじまることを疑っていなかったサイラスは、誰もいない室内を見回し、微かに眉根を寄せた。「陛下?」 奥に続く寝室に声をかけるも返事がない。 昨夜も今朝も女王からの連絡はなく、セキュリティの異常もなかったはずだ。 そのとき、いつも女王が朝食を摂るときに使っている白いテーブルの上に、メモのような紙があることに気がついた。 拾い上げてみると、小さなカードだった。 裏面に何か書いてある。『私の一番お気に入りのマグカップの下』「……ほう」 サイラスは興味深そうに頷いて、部屋に備えつけられているカウンターに向かった。アンジュのリクエストで、女王がプライベートで使用している部屋のレイアウトは、彼女が女王候補時代に使っていた寮のものに似せてある。 長い指が、迷わずピンクのマグカップを手にした。大きめのそのマグは、誕生日にレイナから送られたものだった。 マグカップの下には、また同じカード。『毎朝サイラスが私の部屋に来る前に、小鳥と会話をしようとして逃げられている場所』「なるほどなるほど」 呟くように言って、女王の執事は楽しげに目を細めた。「ずいぶん早かったですね。さすがはサイラス」 宮殿にある庭園で、女王アンジュはゆっくりと振り向いた。 サイラスは、慇懃に手を胸にあてた。「陛下が的確なヒントを下さったからでしょう」「ヒント、簡単でしたか?」 素朴な質問は笑顔でかわされた。「飽きませんでしたよ、個性的な設問ばかりで」「一週間前に私がドレス裾を踏んで落ちそうになった階段とか、よく覚えてましたね」「執事ですから」 それに、と続ける。「私が覚えていると思ったから問題にされたのでは?」「あっ……確かにそうかも。自覚なかったですけど」 アンジュははっとしたように口に手をあて、それから笑った。「宝探しにつきあってくれてありがとう、サイラス。あなたに見せたいものがあったんです」「ワクワクしますね。どんな財宝でしょう」 女王の指が示した先を見て、サイラスはわずかに目を瞠った。「ちょっと珍しい色の花ですよね。サイラスの髪の色みたいじゃありませんか?」 庭園の茂みを彩るその花はバラによく似ていて、淡いグリーンの花弁が朝露に濡れていた。 サイラスは自分の髪の毛先をつまんで、目の前と見比べた。「ええ、確かに似ているかと」「でしょう? 散歩しているときに見つけたんです」 執事の髪と花を見比べて、アンジュは言った。「この間サイラスにおいしいチョコレートを貰ったから、そのお返しになるかなと思って」 女王の言うとおり、一ヶ月ほど前、偶然ネット通販で買ったチョコレートが驚くほどおいしかったので女王にお裾分け……という体裁で、チョコレートを渡したことがあった。ひどく疲れていて、糖分を欲している様子だったので。 それこそ花が咲くように、ほのかに頬を紅潮させた女王を見て、サイラスは、いつもよりゆっくりと時間をかけて笑顔を作った「そうでしたか。趣向を凝らした朝のウォーキング、楽しませていただきましたよ」「よかった! 時間があるなら、このまま庭園を散歩していきませんか」「構いませんよ。ちょうどサンドイッチとポットのお茶もご用意してますし」「それ、どこから出てきたの?」「女王陛下のお腹を快く満たすことも、執事の大切な仕事のひとつですので」「私の執事が有能すぎて、たまにびっくりします」「いつでもびっくりしていただいて結構ですよ」「えー……?」 次の瞬間、爽やかな朝の庭園の空気を纏った風が、軽やかに二人の間に入ってきた。 風が去ると同時に、アンジュはふと何かに気づいたかのように花に目線を移し、じっと注視した。「どうされました?」「そっか、この花の……。色も珍しいけど」 女王の掌が、淡いグリーンの花びらを柔らかく包み込んだ。「捉えどころのないような、不思議な……でも、いい香りですね」 瞼を落として、そっと顔を寄せる。「そうですね」 そのとき、女王を見つめる執事がどんな表情をしていたのか、無邪気に咲く花々だけが知っている。畳む 2025/03/14
女王と執事とホワイトデー
おはようございます、と令梟宇宙の女王陛下が毎朝執事を迎えるはずの場所は空だった。
朝食の支度とその日予定されているスケジュールの確認、そのあとはじまる他愛もない話。
オムレツの出来がどうだとか、新しくブレンドしたハーブティーの香りが強烈であるとか。
そんないつもと同じ朝のルーティンがはじまることを疑っていなかったサイラスは、誰もいない室内を見回し、微かに眉根を寄せた。
「陛下?」
奥に続く寝室に声をかけるも返事がない。
昨夜も今朝も女王からの連絡はなく、セキュリティの異常もなかったはずだ。
そのとき、いつも女王が朝食を摂るときに使っている白いテーブルの上に、メモのような紙があることに気がついた。
拾い上げてみると、小さなカードだった。
裏面に何か書いてある。
『私の一番お気に入りのマグカップの下』
「……ほう」
サイラスは興味深そうに頷いて、部屋に備えつけられているカウンターに向かった。アンジュのリクエストで、女王がプライベートで使用している部屋のレイアウトは、彼女が女王候補時代に使っていた寮のものに似せてある。
長い指が、迷わずピンクのマグカップを手にした。大きめのそのマグは、誕生日にレイナから送られたものだった。
マグカップの下には、また同じカード。
『毎朝サイラスが私の部屋に来る前に、小鳥と会話をしようとして逃げられている場所』
「なるほどなるほど」
呟くように言って、女王の執事は楽しげに目を細めた。
「ずいぶん早かったですね。さすがはサイラス」
宮殿にある庭園で、女王アンジュはゆっくりと振り向いた。
サイラスは、慇懃に手を胸にあてた。
「陛下が的確なヒントを下さったからでしょう」
「ヒント、簡単でしたか?」
素朴な質問は笑顔でかわされた。
「飽きませんでしたよ、個性的な設問ばかりで」
「一週間前に私がドレス裾を踏んで落ちそうになった階段とか、よく覚えてましたね」
「執事ですから」
それに、と続ける。
「私が覚えていると思ったから問題にされたのでは?」
「あっ……確かにそうかも。自覚なかったですけど」
アンジュははっとしたように口に手をあて、それから笑った。
「宝探しにつきあってくれてありがとう、サイラス。あなたに見せたいものがあったんです」
「ワクワクしますね。どんな財宝でしょう」
女王の指が示した先を見て、サイラスはわずかに目を瞠った。
「ちょっと珍しい色の花ですよね。サイラスの髪の色みたいじゃありませんか?」
庭園の茂みを彩るその花はバラによく似ていて、淡いグリーンの花弁が朝露に濡れていた。
サイラスは自分の髪の毛先をつまんで、目の前と見比べた。
「ええ、確かに似ているかと」
「でしょう? 散歩しているときに見つけたんです」
執事の髪と花を見比べて、アンジュは言った。
「この間サイラスにおいしいチョコレートを貰ったから、そのお返しになるかなと思って」
女王の言うとおり、一ヶ月ほど前、偶然ネット通販で買ったチョコレートが驚くほどおいしかったので女王にお裾分け……という体裁で、チョコレートを渡したことがあった。ひどく疲れていて、糖分を欲している様子だったので。
それこそ花が咲くように、ほのかに頬を紅潮させた女王を見て、サイラスは、いつもよりゆっくりと時間をかけて笑顔を作った
「そうでしたか。趣向を凝らした朝のウォーキング、楽しませていただきましたよ」
「よかった! 時間があるなら、このまま庭園を散歩していきませんか」
「構いませんよ。ちょうどサンドイッチとポットのお茶もご用意してますし」
「それ、どこから出てきたの?」
「女王陛下のお腹を快く満たすことも、執事の大切な仕事のひとつですので」
「私の執事が有能すぎて、たまにびっくりします」
「いつでもびっくりしていただいて結構ですよ」
「えー……?」
次の瞬間、爽やかな朝の庭園の空気を纏った風が、軽やかに二人の間に入ってきた。
風が去ると同時に、アンジュはふと何かに気づいたかのように花に目線を移し、じっと注視した。
「どうされました?」
「そっか、この花の……。色も珍しいけど」
女王の掌が、淡いグリーンの花びらを柔らかく包み込んだ。
「捉えどころのないような、不思議な……でも、いい香りですね」
瞼を落として、そっと顔を寄せる。
「そうですね」
そのとき、女王を見つめる執事がどんな表情をしていたのか、無邪気に咲く花々だけが知っている。
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