#アンミナ #サイアン #女王と執事 #恋愛未満特別ないつもの日続きを読む「おまたせいたしました」 爽やかな声と共に注文した品が運ばれてきた瞬間、ここがどこなのかも誰といるかも忘れてしまって、世界は自分とガラスの器に美しく盛られたクリームあんみつ風のデザートだけのものになった。 艶やかに輝く寒天に、あんこにきなこ、中央に鎮座するバニラアイス。添えられているのは間違いなく黒蜜で、まさか缶詰のさくらんぼまで?「アンジュ様」 数秒おいて、正面から声をかけられた。「いたく感動なさっていることとお見受けしますが、そろそろ召し上がらないとアイスが溶けてしまいますよ」「だって、このデザートすごくあんみつですよね? まさかオウルで食べられると思わなかったから感動しちゃって」「オウルとバースの文化には多くの共通点がありますから、偶然同じようなデザートが誕生することもありえるかと」 女王の執事兼補佐官は、ほうじ茶を飲みながら冷静に分析した。彼の前には、これまた柏餅を思わせるデザートが置かれている。 二人がいるのは中央星オウルの大通りから細い路地に入り込んだ場所にある、甘味処と呼ぶに相応しいカフェである。令梟宇宙の女王であるアンジュはこの日、守護聖やいつもお世話になっている人たちに贈るプレゼントを買うため、お忍びで中央星にやってきたのだ。「道を間違えたの、逆にラッキーでしたね。こんな素敵なお店に出会えるなんて。どこも人が多くて入れなかったですし」「そうですね。聖地のカフェはにぎわってはいますが、混雑とは無縁ですから」「久しぶりだなぁ、こういう感じ」 アンジュは言って、あんこと寒天をバランスよく乗せたスプーンを口に運ぶ。 と、顔中にぱっと笑顔が弾けた。「おいしい!」「それは何よりです」「あれ、サイラスの柏餅は?」「もういただきましたよ。大変結構なお味でした」「相変わらず食べるの早いですね……」「アンジュ様はどうぞゆっくり召し上がってください」 サイラスはにっこりと笑って湯飲みに唇をあてた。 アンジュはもうひとくち味わい、頬に手をあててうっとりと目を細めた。「何て言ったらいいのか……こう、身体に染みていくおいしさですね……」 もちろん、聖地の料理人たちは腕が良く、デザートも頬が蕩けそうに美味しい。でも、故郷の味は特別なのだと改めて思い知らされる。 そのときふと、視線を感じてアンジュの心はあんみつが見せた夢から現実に戻ってきた。「サイラス」「はい」「私の顔に何かついてますか?」「いいえ、特には」「口元に黒蜜がついてる人を見るみたいな視線を感じたんですけど」 サイラスはすっと目を細めた。「まあ、私はいわゆるお目付役ですので」「お目付役ってそんなにじろじろ見るものなんですか?」「状況によっては必要になるでしょうね」 そんなことはないだろうと思いつつも、あんみつを口に含むと幸福感ですべてがどうでもよくなってしまう。「あー……幸せ……」 じんわりと身体中に広がる多幸感を存分に味わってから、アンジュは言った。「このお店、テイクアウトもありましたよね。皆に買っていきたいな。レイナはきなこを使っていないので、平くんはお腹痛いって言ってたから日持ちがするお菓子があれば……」 そこまで言って、アンジュの表情がにわかに曇った。 中央星に女王が行くとなったとき、同行者の候補は二名いた。サイラスとタイラーである。補佐官であるレイナは聖地を離れることができないし、サプライズでプレゼントしたいとの女王たっての希望があり、守護聖は除外されていたのだ。 いざサイラスとタイラーのどちらを選ぶか決めようとなったとき、タイラーはすっと手を上げた。『俺は辞退します。平気そうに見えるかもしれませんが、実は先日から腹が痛くて。出張にはとても耐えられません』 涼しい顔ながら頑としてそう主張した結果、サイラスが女王に同行することになった。 蘇った記憶をなぞりつつ、アンジュは同期に思いを馳せた。「平くん、お腹大丈夫かな」「王立研究院の医療チームは優秀です。メキメキ回復し、今ごろ飛び跳ねているでしょう」「元気になっても飛び跳ねはしないと思います」 じっとりとした目を正面にいる男に向けると、視線と視線がぶつかった。変装用につけた眼鏡ごしでも、ぱちっと見えない火花が飛んだような感触があった。 あ、また。「サイラス、そんなにずっと見てなくても迷子になったりしませんから」「なるほど。先ほどはぐれた時はいよいよ店舗に迷子のアナウンスをお願いしようと思ったところで無事に再会できましたが、迷子になったのはアンジュ様でなく実は私だった、と」「うっ……」 指摘されて、アンジュはしょんぼりと肩を落とした。三十分ほど前、まるで店中に宝石をちりばめたように華やかなディスプレイに目を奪われ、サイラスとはぐれてしまったのだった。「すみません。あれは完全に私の不注意でした」 サイラスは淡々と続ける。「ま、誰しも迷子になる可能性はあります。宇宙の女王やその補佐官とて例外ではありません。もし私が本格的に迷子になったら、アナウンスをお願いします。身長百七十七センチくらい、黒いジャケットを着た二十代男性です」「知ってます」 笑い合いながらあんみつを食べる。幸せの味がする。 正面から遠慮なくこちらを見てくる楽しげな視線を感じながら、そういえば、「陛下」でなく「アンジュ様」と呼ばれたのは、即位してからはじめてだったことにふと気がついたのだった。畳む 2025/10/13
特別ないつもの日
「おまたせいたしました」
爽やかな声と共に注文した品が運ばれてきた瞬間、ここがどこなのかも誰といるかも忘れてしまって、世界は自分とガラスの器に美しく盛られたクリームあんみつ風のデザートだけのものになった。
艶やかに輝く寒天に、あんこにきなこ、中央に鎮座するバニラアイス。添えられているのは間違いなく黒蜜で、まさか缶詰のさくらんぼまで?
「アンジュ様」
数秒おいて、正面から声をかけられた。
「いたく感動なさっていることとお見受けしますが、そろそろ召し上がらないとアイスが溶けてしまいますよ」
「だって、このデザートすごくあんみつですよね? まさかオウルで食べられると思わなかったから感動しちゃって」
「オウルとバースの文化には多くの共通点がありますから、偶然同じようなデザートが誕生することもありえるかと」
女王の執事兼補佐官は、ほうじ茶を飲みながら冷静に分析した。彼の前には、これまた柏餅を思わせるデザートが置かれている。
二人がいるのは中央星オウルの大通りから細い路地に入り込んだ場所にある、甘味処と呼ぶに相応しいカフェである。令梟宇宙の女王であるアンジュはこの日、守護聖やいつもお世話になっている人たちに贈るプレゼントを買うため、お忍びで中央星にやってきたのだ。
「道を間違えたの、逆にラッキーでしたね。こんな素敵なお店に出会えるなんて。どこも人が多くて入れなかったですし」
「そうですね。聖地のカフェはにぎわってはいますが、混雑とは無縁ですから」
「久しぶりだなぁ、こういう感じ」
アンジュは言って、あんこと寒天をバランスよく乗せたスプーンを口に運ぶ。
と、顔中にぱっと笑顔が弾けた。
「おいしい!」
「それは何よりです」
「あれ、サイラスの柏餅は?」
「もういただきましたよ。大変結構なお味でした」
「相変わらず食べるの早いですね……」
「アンジュ様はどうぞゆっくり召し上がってください」
サイラスはにっこりと笑って湯飲みに唇をあてた。
アンジュはもうひとくち味わい、頬に手をあててうっとりと目を細めた。
「何て言ったらいいのか……こう、身体に染みていくおいしさですね……」
もちろん、聖地の料理人たちは腕が良く、デザートも頬が蕩けそうに美味しい。でも、故郷の味は特別なのだと改めて思い知らされる。
そのときふと、視線を感じてアンジュの心はあんみつが見せた夢から現実に戻ってきた。
「サイラス」
「はい」
「私の顔に何かついてますか?」
「いいえ、特には」
「口元に黒蜜がついてる人を見るみたいな視線を感じたんですけど」
サイラスはすっと目を細めた。
「まあ、私はいわゆるお目付役ですので」
「お目付役ってそんなにじろじろ見るものなんですか?」
「状況によっては必要になるでしょうね」
そんなことはないだろうと思いつつも、あんみつを口に含むと幸福感ですべてがどうでもよくなってしまう。
「あー……幸せ……」
じんわりと身体中に広がる多幸感を存分に味わってから、アンジュは言った。
「このお店、テイクアウトもありましたよね。皆に買っていきたいな。レイナはきなこを使っていないので、平くんはお腹痛いって言ってたから日持ちがするお菓子があれば……」
そこまで言って、アンジュの表情がにわかに曇った。
中央星に女王が行くとなったとき、同行者の候補は二名いた。サイラスとタイラーである。補佐官であるレイナは聖地を離れることができないし、サプライズでプレゼントしたいとの女王たっての希望があり、守護聖は除外されていたのだ。
いざサイラスとタイラーのどちらを選ぶか決めようとなったとき、タイラーはすっと手を上げた。
『俺は辞退します。平気そうに見えるかもしれませんが、実は先日から腹が痛くて。出張にはとても耐えられません』
涼しい顔ながら頑としてそう主張した結果、サイラスが女王に同行することになった。
蘇った記憶をなぞりつつ、アンジュは同期に思いを馳せた。
「平くん、お腹大丈夫かな」
「王立研究院の医療チームは優秀です。メキメキ回復し、今ごろ飛び跳ねているでしょう」
「元気になっても飛び跳ねはしないと思います」
じっとりとした目を正面にいる男に向けると、視線と視線がぶつかった。変装用につけた眼鏡ごしでも、ぱちっと見えない火花が飛んだような感触があった。
あ、また。
「サイラス、そんなにずっと見てなくても迷子になったりしませんから」
「なるほど。先ほどはぐれた時はいよいよ店舗に迷子のアナウンスをお願いしようと思ったところで無事に再会できましたが、迷子になったのはアンジュ様でなく実は私だった、と」
「うっ……」
指摘されて、アンジュはしょんぼりと肩を落とした。三十分ほど前、まるで店中に宝石をちりばめたように華やかなディスプレイに目を奪われ、サイラスとはぐれてしまったのだった。
「すみません。あれは完全に私の不注意でした」
サイラスは淡々と続ける。
「ま、誰しも迷子になる可能性はあります。宇宙の女王やその補佐官とて例外ではありません。もし私が本格的に迷子になったら、アナウンスをお願いします。身長百七十七センチくらい、黒いジャケットを着た二十代男性です」
「知ってます」
笑い合いながらあんみつを食べる。幸せの味がする。
正面から遠慮なくこちらを見てくる楽しげな視線を感じながら、そういえば、「陛下」でなく「アンジュ様」と呼ばれたのは、即位してからはじめてだったことにふと気がついたのだった。
畳む