#アンミナ #サイアン #女王と執事 #恋愛未満

真夜中の甘い秘密


 執事が運んできてくれたココアは甘く温かく、長時間タブレットと睨み合っていたせいで固くなっていた身体を優しく溶かしてくれた。
 明かりが煌々と灯る真夜中の執務室、それまで女王の眉間に刻まれていた皺がふっと消えた。
「あ、おいしい! 甘いんだけど、ちょっとビターで」
 横で補佐官レイナも表情を緩めた。
「本当ね。温かさが身体に染みていくような感じ」
「夜中に飲むココアって最高ですよね。サイラスの入れてくれるココア、何だか温泉みたい」
「ほう、温泉ですか?」
 側に控えていたサイラスが、興味深そうに唇を引き上げる。
 熱いココアが湯気を立てる大きめのマグカップを、アンジュは愛おしげに掌で包み込んだ。
「心も身体も温かくなって、すごくリラックスできるの。特別なレシピがあるんですか?」
「そうですね……」
 考え込むような間を置いて、目がすっと細くなる。
「材料は一般的なものです。ココアパウダー。ミルク。砂糖。少量のバター。そして、私が通販で購入したある星の稀少なブランデーをたっぷりと」
 レイナが心配そうに尋ねた。
「たっぷりって、そんなに?」
「ええ、それなりに。軽めのカクテルと呼んで差し障りない量かと」
 つまり、とサイラスはにっこりと笑いかけた。
「アルコールを摂取しての執務は厳禁。本日は強制的に業務終了ですね。陛下、レイナ。本日もお疲れ様でした」
「困るわ。まだ仕事が残って……」
 腰を浮かせかけたレイナにサイラスはずいと顔を寄せた。
「明日は明日の風が吹く。あなた方が数時間の睡眠をとったところで広大な宇宙はびくともしません。明日またがんばりましょう。エイエイオー!」
 サイラスに同意するように、アンジュも拳を高く上げる。
「オー! そうだよ、レイナ。今日はもう休もう。ここのところずっと残業続きだったじゃない」
「でも……そうね、わかったわ」
 わずかに心を残したような表情を見せながらも、補佐官はココアを飲み終え、私邸に引き上げていった。
 二人になって、最初に口を開いたのはアンジュだった。
「協力してくれてありがとう。騙すようなことしちゃって、レイナに申し訳なかったな……。サイラスにも」
「とはいえ、適正な労働時間を超過していましたし、勤務管理上仕方なかったのでは。レイナに休養が必要なのは明らかでした」
「私がレイナをちゃんと説得できていれば本当は」
 女王の執事は、そこで軽やかに手を打った。
「ハイッ、反省はそこまで。あなたもココアを飲んだんですから業務終了です。ほら、さっさと片付けてさっさと休んでください」
「えー……、わかりました」
「そう、時には諦めも肝心ですよ、陛下」
 デスクの片付けを手伝ってくれるサイラスに、アンジュは言った。
「サイラスももう休むんですよね」
「私はアルコールを摂取してませんが、もう休みますよ」
「自己管理できて偉いなぁ」
「その点は心がけていますが、逆に、だからこそ結果が予想できないものに心惹かれるのかもしれませんね」
「通販とか?」
「はい、通販とか」
「宇宙とか」
「それもありますね」
「あとは――」
 お互いの顔をじっと見てから、同時に笑いかけた。
「ま、いいか。おやすみなさい、サイラス」
「おやすみなさいませ、陛下。よい夢を」

 シャワーを浴びてからベッドに潜り込むと、爪先が何だかほのかに温かい。湯たんぽかと思ったけれど、光沢のある布にくるまれているのは淡い七色の光を放つ柔らかな石だった。
 どういう物質なのか、鉱物なのか、通販で買ったのか、人工物なのか、どこかの星で産出されたものなのだろうか?
 明日の朝サイラスに聞いてみよう。
 自然とそんな風に考えていた。これは間違いなく彼の仕掛けたサプライズだろうから。レイナのベッドにも同じものが用意されているはずだし、たぶんアンジュがうまく隠しきれていると思っていた疲労も見抜かれていた。
 女王の執事は驚くほどに有能なのだ。
 アンジュは微笑み、ココアの香りを思い出しながら肌触りのよいブランケットに口元を埋めた。
 私たちの宇宙は、きっと明日も美しい。

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