「おはようございます。聞こえてますか? お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す」
「うーん、おはよ……う?」
いつもの鳥の声、いつもの挨拶。
けれど強い違和感を覚えて、上体を起こすと同時に起き抜けのかすんだ眼で周囲を見回した。
まず自分の部屋ではない。
屋外。天気はいい。布団の代わりに芝生。
飛空都市でもない。
見たことがない公園……のような広い場所。どこだろう?
あと、サイラスが近い。
地面に膝を折って、こちらをのぞき込むようにしている。
「うわっ!」
「まるで幽霊でも見たようなお顔ですが、ご安心ください。あなたも私もちゃんと足がありますよ」
明らかにおかしな状況なのに、この執事の態度はいつもとちっとも変わらない。
「ここは……」
「さあ、どこでしょう」
サイラスは言って、軽く首を傾げた。
「飛空都市じゃないですよね。サイラスも知らないの?」
「調査しようにも、タブレットが使用できないようでして」
「ほんとだ。私のも」
ポケットに入れておいたポータブルタブレットは、押そうが叩こうがうんともすんともいわなかった。
「一応精密機器ですので、優しく取り扱っていただければと。さて」
彼は立ち上がり、四方をぐるりと見回した。
「水晶の不思議な力に触れてとんでもないところに連れてこられた、というところでしょうか」
「やっぱり、水晶が原因なんですね。あれは、どういう由来のものなんですか」
「我が陛下からお預かりした品で、私も詳しくは」
「それにしても、ここはどこなんでしょう? ぱっと見た感じは飛空都市によく似ているけど……」
「令梟の宇宙の聖地」
意外な答えが返ってきて、サイラスの声が耳に届くのに時間がかかった。
「聖地? この場所が?」
「いえ、聖地そのものではありません。精巧なミニチュア、という表現が正しいかと思います。サクリアの力を全く感じませんから」
サイラスは続けた。
「あなたの知る飛空都市は、元々あった飛空都市に、令梟の聖地に近づけるようアレンジを加えたものです。似ていると感じられるのも当然でしょうね」
「そうなんですか」
今わかっていることは、恐らく水晶の力の影響で、令梟の聖地そっくりのどこかにいるということだけ。
「誰かがこの空間を作ったっていうこと?」
「あるいは」
「もしかして、私たち以外にもこの世界に飛ばされてしまった人がいるんでしょうか。レイナは大丈夫かな……レイナの部屋にもありますよね、水晶」
「確かめてみないことには、何とも申し上げられません」
「じゃあ、とりあえず調べてみましょうか。考えても仕方ないし、少しでも情報を集めないと。サイラス、聖地の地理は知ってますよね? 案内をお願いしてもいいですか」
「ええ」
「まずは王立研究院に……どうしました?」
サイラスがこちらをまじまじと眺めてくる。
「適応能力が高い方だと思いまして」
「意外と?」
「まあ、そうですね」
素直な感想に苦笑がもれた。
「飛空都市や大陸にいると、結構不思議なことが起こりますよね。あんまり驚かなくなってきました」
「なるほど?」
「それに、もしひとりだったら心細くてもっと迷ったと思いますけど……ひとりじゃありませんから」
サイラスの横顔は髪に隠れてしまっていたけれど、口元が微かに笑うような形をしていた。気がした。