サイラスの案内で聖地(仮称)の調査をして回ったけれど、誰にも会うことはなかった。人どころか、鳥も虫もいない。草花や木は生えているが、生えているというだけでまるで造花のよう。生命の気配がすべてきれいに消されてしまっている、そんな感じだ。
空、石、水、大地や建物……景色を構成する様々なものは確かに存在しているし触ることもできるのだが、ドアを開けても、水をすくい上げても、「触っている」という感覚がまったくない。
それまで当たり前にあったものが、すっぽりと抜け落ちてしまった奇妙な空間。ホログラムともまた違う。夢や光を集めたよりも、もっと硬質な何か。
「手がかりはありませんでしたね。王立研究院のシステムも止まってましたし」
そうですねえ、と相づちを打つサイラスの態度は、毎朝食事を持ってくる時と少しも変わらなかった。
彼はふと思い出したようにこちらを向いた。
「お腹は空いておられませんか? 喉は?」
「それが全然。結構歩いたはずなのに、疲れも感じません」
「私も同じく、ですね」
「緊張してるせいかなと思ってたんですけど、私たちの身体の時間が動いていないのかもしれませんね。息はできるから空気はあるのかな」
サイラスは胸に手を当てる得意のポーズを取った。
「心臓はトクントクンと脈打ち元気に動いているようですが、空気が存在するという確証は持てませんね」
「私たち、死んだんでしょうか」
「おや、どこかで聞いたことのある台詞ですね?」
「だって、完全に天国みたいですよ。きれいだけど現実味がなくて」
「天国……。あ、いらしたです、いらしたです。ほんとにいらしたです! てんしさまー!!」
「やめてください」
「どんな状況でも無邪気さ失わない民を演出してみました」
「なるほどなるほど、こんな状況でも私たちの執事は遊び心を失わない、と」
「……私のモノマネがずいぶんお上手になりましたね」
「あはは、レイナとこっそり練習したんです」
「よからぬことを考えておいでで?」
「内緒です」
話しているうちに、ふと空の色が変わっているのに気がついた。
「日が落ちてきましたね」
「夜が来るんでしょうか」
「真っ暗になったら困りますね。照明がつけばいいけど」
しゃべりながらも歩みは止まらない。
私たち、どこに向かっているんだろう?
そんなことを考えながら、並んで歩く。
すべてが浅い眠りについた景色のなかで、となりにいるサイラスの足音だけがリアルだ。
聖地の施設は大体調べてしまっていた。もう目的地と呼べるものはなかったけれど……