いきなり膝の力が抜けて倒れそうになったのを、誰かが支えてくれた。
「……おはようございます」
「……おはよう、サイラス」
どう見ても窓の外は夜なのだが、気分的には朝の挨拶がぴったりだった。
ハンモックにゆられながら気持ちよく寝ていたのに、紐が切れて突然地面に落とされた。そんな感じだ。
改めて確認しなくてもわかる。
ここは飛空都市、私の部屋。
「…………」
「…………」
何か喋らなきゃと思うのに、目を合わせたままお互い言葉が出てこない。
サイラスがおもむろに手元にあったタブレットの日付と時間を確認して読み上げる。何もかもあの夜のままだった。一分も経っていない。
なんだか気まずくて、沈黙をごまかすように例の水晶玉を覗きこむ。
「あ、水晶きれいになってますね」
「そうですね。どなたかにタワシでゴシゴシこすられる前で幸いでした。お預かりしても?」
「お願いします。……ねえ、サイラス」
「はい」
「今あったこと、覚えてますか」
「ええ」
「よかったですね、戻れて」
「まったくです。お怪我はありませんか」
「お陰様で。サイラスは?」
「元気にしております」
「……一件落着、なのかな」
冷静に呟いてからしまったと思った。
ここは涙を流して抱き合ってピョンピョン跳ねたりなんかして、命が助かった喜びを二人でわかちあうべき?
でもサイラスも私も落ち着いていて、そもそも現実に頭がついていないしそんな柄でもないしで、とてもロマンチックな雰囲気にはなれなかった。
水晶の不思議に触れてしまった……というにはあまりにも強烈な経験だった。サイラスはいつもとまったく変わらず平然としているように見えるけれど。
「お疲れでしょう。お茶でも入れましょうか」
サイラスにそういわれて、自然と口にしていた。
「たまには一緒に飲みませんか?」
少し間を置いてから、彼は応えた。
「そうですね……たまには」
サイラスと向かい合ってテーブルに座り、部屋のバーカウンターで入れた熱いほうじ茶を飲む。
温かいお茶を口に含むと、体中をこわばらせていた緊張感が、ゆるゆると柔らかく溶けていくようだった。
「これから詳しい調査に取りかかりますが、なかなか興味深い経験でした。一冊本が書けそうですね」
「サイラス、本なんて書くんですか」
「通販の本が先ですが」
「あれ、本気だったんですね。てっきり冗談だと」
「これは心外ですね。私はいつでも本気ですよ」
「そうは見えないんですけど?」
「本気、やる気、いい天気。以上がサイラスくんのモットーです」
「だからそういうところが……」
「おかわりはいかがですか」
「……お願いします。レイナにもらったお菓子があるんですけど、食べますか」
「いただきましょうか」
ふとおしゃべりが止まった合間に、何気なく手を伸ばした。
サイラスも同じように自分の手を出し、この遊びに黙って付き合ってくれた。
ありがとうございました。
どういたしまして。
少し小さな手を、少し大きな手に合わせる。
おかえりなさい。
ただいま。