グンテルが横になっていたのは、小高い丘の木陰だった。鼻をくすぐる若草のにおい、微風に青葉がさざめく音。枝には赤い果実がたわわに実る。それから、横には……。
ふと、隣に座るツヴェンティボルトがじっと自分を注視していることに気がついた。額にかかる白金の髪が、春の光を浴びて煌めいている。
「俺の顔に何かついているか」
「口を半ば開いて、だらしなく涎を垂らして……とても王とは思えぬお顔が面白くて」
からかうように言われて、グンテルは慌てて手の甲で口元を拭った。
「趣味が悪いぞ」
「私の性根など、とうにご存じでしょう」
ささやかな抵抗を鼻先で笑い飛ばして、ツヴェンティボルトは空へと視線を転じた。グンテルもまた、同じものを見つめた。
「よく晴れたな」
「ええ」
しばしの快い沈黙をおいて、グンテルは大きく嘆息した。
「午睡を貪りすぎたか。身体がひどく重い。……夢を見ていたような気がする。長い長い夢を」
「今このときが夢のはじまりかもしれませんよ」
「はじまりか、そうだな。すべての終わりははじまりでもある」
独り言めいた呟きに、応える声はなかった。にわかに底知れぬ不安が兆し、グンテルはツヴェンティボルトの手首をきつく握りしめた。
突然戒めをかけられ、半竜は目を見張った。
「そのように力任せに掴まずとも、逃げはしません」
「ここは美しいが、何もない場所だ。ひとりでいては、寂しかっただろう」
「まさか」
「素直でないな」
人を食ったような言葉の代わりに、ツヴェンティボルトの影が落ちてきて、視界を緩やかな闇で塞いだ。そのまま、軽く唇を合わせる。顔を引き寄せ、飽かず繰り返される甘い口づけに酔いしれた。ひねくれた当人と違って、柔らかい唇の感触は素直だ。
甘美な口づけの雨が止んだ頃、耳元で熱く囁く声がした。
「グンテル。あなたは多くを失い、ただひとつを得た」
「ただひとつ?」
「そう、自由を」
わずかに首を傾けて、半竜が尋ねた。
「自由は恐ろしい?」
「恐ろしくないと言えば嘘になるな。だが、それ以上に心躍る」
「幸いなるかな、その単純な性質は」
「お前、また人を小馬鹿にして……」
兄の不服を無視して立ち上がった弟は、優雅ながら不躾な仕草で手を差し伸べた。
「いつまで寝そべっているおつもりですか。さあ、参りましょう」
「いずこへ?」
「あなたの望むところ、どこへなりとも」
ツヴェンティボルトは微笑むと、グンテルの手をしっかりと握った。素っ気ないほどの冷たい肌。だがグンテルは狂おしいほどの喜びを感じて、その掌を強く握り返した。
竜の翼が虚空に舞い上がる。
その後姿は春の風に溶け、混じり合い、やがて風そのものになった。
(終)